告白 ただしコピペ

いい記事も読み流されていく。再度、読み直されていい記事を精選した。

朝までかかって私は弟に処女を捧げました(近親相姦掲示板 ☆告白☆ 2001年6月前半分ログ)

近親相姦掲示告白 2001年5月前半分ログ

 

 

 

娘のワレメが、もう悲鳴をあげている

ゴールデンウィーク 投稿者: オートマ  投稿日:05月15日(火)00時40分55秒

  今年のゴールデンウィークは、小6の娘をつれての温泉旅行となった。昼間は、遊園地へ、そしてその日たまたま家族風呂がとれ、せっかく来たんだから一緒に入ろうとの呼び掛けに、オーケーしてくれた。9時に予約をとってたため、夕食を食べてからとなる。娘はビールを、お母さんがいないのと、旅先での勢いもあり、けっこう飲んでいた。

  お風呂の時間には、けっこう酔っていたが、2人してお風呂に向かう。娘も酔っていたため、大胆に浴衣を脱いでいく。その姿は、結構女として楽しめる姿だ。風呂場は、結構広かった。シャワーを浴びて湯舟につかる。気持ちいーな、そう言っていると、私は娘に、ストリッパーをやってくれと冗談をとばす。「いいよ。」 娘は、完全に我を失っていた。

  いきなり立ち上がり、頭に両手をあてる、目の前で少し膨らんだお乳をあらわにし、湯舟より少し上にまだ毛の生えてないワレメがある。「はーい。」 娘は、どこで憶えたのかこんどは、そのまま床にねそべる。調子に乗った娘は、両手でお乳を揉み、そして足を開いていく。チンポコは、いきりたってきた。ワレメが、くっきりと見える。小6とはいえ、身長は、150センチ近くはある。少し細めの女とかわらない。さらに娘の足が開く。ワレメが、もう悲鳴をあげている娘は、私の方に足を開き、女を見せた。

 

 

 

「お兄ちゃん...。」と、可愛い声で誘惑

お姉ちゃんがいけないんです 投稿者:Kazuo  投稿日:05月22日(火)00時18分15秒

  現在21歳の男です。小学校6年の時から、1つ下の妹としています。僕達には、3つ上の姉がいます。お姉ちゃんは、男が好き、エッチが大好きな、いわゆる“あばずれ”でした。

  僕が6年生になった、ある日のことでした。両親は出かけていて、家には僕ら3人でした。僕はベッドに寝転んで、本を読んでいました。妹は同じ部屋で宿題をやっていました。お姉ちゃんが僕の部屋に入って来ました。

  「和夫、おまえ昨日、せんずりやっとったやろ。」「いや、そんなん、せえへんよ。」「ん? せんずりって何か、もう知ってるんや。」「...。」「知ってるってことは、もう、やったことあるんやろ。」 僕は、まんまとお姉ちゃんの罠に引っかかってしまいました。

  「もう、女のおめこに興味があるんやろ。」「やめてよ。雅美(妹)が聞いてるやんか。」 妹は知らん顔をしていましたが、聞き耳をたてているのは判りました。するとお姉ちゃんは、妹を呼びました。「雅美、ちょっとこっち来てみ。」 雅美は素直に僕たちのところに来て、命令されるままに、横になりました。

  すると、お姉ちゃんは雅美のパンツの上から、あの部分を撫でます。雅美は最初少し抵抗しましたが、静かにしろと言われて、おとなしくなりました。そして、僕にもやってみろ、と言います。僕は、妹にそんなことしてはいけない!と思いましたが、好奇心には勝てず、つい、パンツの上から妹のあの部分をさすってみました。

  しばらくそうしていると、妹は感じてきたようです。するとお姉ちゃんは、「和夫に見せたり。女のからだのことも知っとかんと、変な女に引っかかったりしたらあかんから。」と、訳の判らないことを言いながら、妹のパンツを下げます。小学校5年生のつるつるのおめこが、僕の目の前に出されました。

 

  妹とは小さい時からいっしょにお風呂に入っていますから、見なれているはずです。でも、なんかその時は、異様に興奮しました。お姉ちゃんは、妹のクリトリスを指で押さえながら、「ここや。ここさわられると、女はもう、堪らんようになるんや」とか言います。僕は、そこをさわってみました。お姉ちゃんは妹に、「どや。堪らんやろ」と聞き、妹は真っ赤になって、こっくりと頷きます。

  そのあいだに、お姉ちゃんは、僕のズボンとパンツを下ろそうとします。僕は嫌がりましたが、「雅美がおまえのために見せたってんのに、お前が見せんでどうするねん」と、訳の判らない理屈で言いくるめられて、結局下ろされてしまいました。

  ふたりの目の前に、勃起したちんぽが晒されました。妹もしげしげと見つめています。お姉ちゃんは、亀頭の裏側に妹の手を持ってきて、かるく握らせ、前後させます。「これや。これやられると、男はもう、あかんようになるねんで」とか言ってます。妹はこっくりと頷き、それを続けます。しばらくそれをやられると、僕は、出る!と思いました。もうせんずりをしていましたから、それは判ります。僕は、妹の手を握り、「あかん」と言いました。

  するとお姉ちゃんは、「精液、出るとこ、見したり。雅美にも男のこと、教えたらなあかん」と言います。で、結局、射精してしまいました。お姉ちゃんは、「ふーん、これが精液かー」と、言ってます。その時は、それで終わりにしました。

 

  1週間ほどしてからです。僕は妹と家で2人っきりでした。すると、妹は僕のところに来て、「お兄ちゃん...。」と、可愛い声で誘惑しました。それからです。僕たちの関係が続いているのは。みんな、お姉ちゃんがいけないんです。

 

 

近親相姦掲示告白 2001年6月前半分ログ

 

 

朝までかかって私は弟に処女を捧げました

初めまして… 投稿者:文恵  投稿日:06月04日(月)23時55分18秒

  私は29歳のOLです。24歳の弟がいます。父は弟が2歳の頃、急に家を出て以来何の音信も有りません。私と弟は母ひとりの手で育てられてきましたが、3年前母も長年の苦労のせいか倒れてそのまま亡くなり、私と弟はそれからふたりで暮らしてきました。

  私はある団体の職員をしております。弟は子供の頃から足に障害をもっており、車椅子(家の中は杖で暮らせます)の生活です。でも弟は大変な頑張り屋で、通信教育で工業の短大を出て、家でパソコンで図面を書く仕事をしています。母方の叔父が建設の工務店をやっていて、弟に図面を書く仕事を廻してくます。

  私は高校を出て、この叔父の縁故で今の団体の職員になることが出来ました。お給料はそんなに良くありませんが、なんとか弟と2人で食べていくことは出来ます。ただ、将来への不安は拭えず、障害のある弟を捨てて結婚も出来ません。

  そもそも職場はある役所の天下りの場所で、社内は殆どがおじいちゃんばかりで、恋愛なんか出来る環境ではないんです。それでも一度だけ課の人の口利きでお見合い(らしきもの)をさせて頂きましたが、先方からお断りしてきました。親がいないこと、障害者の弟がいることが理由でした。

 

  今年の2月に高校時代の親友の結婚式がありました。一応出席はしましたが、二次会の途中で帰ってきてしまいました。帰宅すると、弟がお腹の調子が悪くてお手洗いで唸っています。薬箱がいつもの場所にないので、弟の部屋を探してみました。

  つきっぱなしの弟のパソコンのマウスに何気なく触れると、画面が復帰しました。そこで見たのは、『私』だったんです・・・ インターネットで見つけてきたんでしょうか、ヌード写真が画面いっぱいに写ったんです。その顔は、私になってたんです・・・ タレントや女優さんの顔とヌード写真を合成するソフトがあるなんて、聞いたことはありました。でもそれが私だなんて・・・しかも写真の周りの余白(というんでしょうか?)には文章が書き込んでありました。

 

姉さん、愛してる。

姉さんのことが好きで好きで気が狂いそうだ。

姉弟でもいい。姉さんが好きだ。

姉さんと恋人になりたい。

 

(註:アイドルコラージュとは、アイドルなど有名人の写真を加工し、別の状況にある写真のように作り替えること。またそのような合成画像。通称アイコラ。多くは、首から下だけを他者のヌード写真に替えるなど、性的嗜好に関連するものである。)

 

  そんな言葉が書き連ねてありました。私は呆然としていました。弟がお手洗いから出てきたにも気付きませんでした。その後、弟とどんな話をしたのかよく憶えてません。

 

  それから1ヶ月近くは、弟とは表面上何もなかったかのように暮らしていましたが、3月の始めの土曜日の夜、弟が夕食後にとっても真剣な顔で、私に話があるって言いました。「僕のこと、軽蔑してる?」「なんでそんなこと言うの利彦?」「あの写真、見られただろう」「・・・」

  「いいんだ。僕、変なのかな。変態かな」「変態だなんて思ってないわ」 弟は顔を真っ赤にして言いました。「変態だよね。姉さんのこと好きだなんて」「そんなこと言わないで。利彦は変態なんかじゃないわ」 すると利彦はさらに真っ赤になりながら言いました。「じゃあ、僕の恋人になってくれる?」「そ、そんな・・・」「好きなんだ。姉さんのことが!」

  利彦は私の手を握り締めながら、小さく震える声でしたがはっきり言いました。「愛してるよ。姉さん」 私は弟の手を振り払おうとしましたが、出来ませんでした。

 

  正直、嬉しかったんです。男の人に、好きだなんて言われたのは、生まれて初めてだったんです。たとえ弟でも・・・嬉しかったんです。だから言ってしまったんです。「姉さんなんかでいいの?」

  弟は私の手を握ったまま私を引き寄せて、私は弟とキスしてしまいました。そしてその晩、私と利彦は結ばれました。ふたりとも初めての経験で判らないことばかりでしたが、本能のようなものなんでしょうか。朝までかかって私は弟に処女を捧げました。

  もの凄く痛かったですが、後悔はしませんでした。ただ2人とも初めてだったので、勢いに流されて避妊をしないでしてしまい、その後はすごく怖かったんです。でも幸い、妊娠はしませんでした。今は弟もきちんとやり方を憶えてくれて、避妊だけはしっかりしています

  このホームページを見つけたのは弟でした。私たちみたいな形で結ばれた人達が、こんなにいらっしゃったんですね。私達は孤独じゃなかったですね。弟と一緒にこれからも時々寄らせていただきます。

 

日本の絶景

瑞法寺公園有馬温泉 神戸市) 

  春の桜、秋の紅葉が素晴らしい。豊臣秀吉ゆかりの「日暮らしの庭」でも知られる。日がな一日見ていても飽きないほど素晴らしいというわけである。  

  紅葉の頃には「有馬の大茶会」が開かれる。秀吉がしばしばここで茶会を開いたことにちなむもので、紅葉の庭での野点が興趣をそそる。