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中3の妹に、毎日中出ししています(相姦掲示板 ☆告白・願望・妄想☆ 1999年5月分ログ)

相姦掲示 ☆告白・願望・妄想☆ 19995月分ログ

 

 

 

中3の妹に、毎日中出ししています

大好きな妹 投稿者: 和也  投稿日:05月01日(土)18時50分25秒

  僕が高校2年の夏のことです。僕には妹がいますが(当時中学1年)この頃妹の胸が目に見えて大きくなってきました。小学生の頃からTシャツにミニスカートの格好が好きな妹でしたが、Tシャツ越しに見えるブラジャーが色っぽく、僕はどんどん妹の体に惹かれていきました。

  ある日、僕がアイドルが載っているグラビア雑誌を見ていると、妹が部屋に入ってきました。妹にそんな雑誌を見ているのを知られるのはイヤでしたので、すぐに机の上に裏返して置きましたが、妹は目敏く見つけ手に取り、雑誌を開き始めました。僕は照れ隠しに、「この子可愛いし、胸が大きいよな」と言うと、妹は「私だって胸大きいよ」と言いました。

  怒った顔が可愛いかったです。僕は「この子、85のCだよ」と言うと、妹は「私は88のDだよ」と挑発する様に言います。僕は何故か大胆になっていまい、「じゃぁ、計らせてよ」と言い、両親の部屋から母の裁縫箱を持ってきて、メジャーを取り出しました。

 

  妹も売り言葉に買い言葉で「いいよ。計ってみてよ」と言うので、僕はTシャツ越しに計ってみました。90近い感じです。でも「シャツとブラ着けてるからなぁ…」と言うと、妹は「じゃ、脱ぐから計って…」と、Tシャツを脱ぎ、ブラを外しました。さすがに恥ずかしいのか、顔が真っ赤です。僕も初めて見る女の体に興奮してしまいました。

  ドキドキする胸の高なりの中、僕は妹の背中から前の膨らみにかけてメジャーを回しました。妹は乳首を隠していた手を退かしました。サクランボの様なピンク色の綺麗な乳首でした。やはり90近い数字でしたが、もうそんなことはどうでもよくなっていました。僕は妹をベッドに押し倒すと、乳首にむしゃぶりつきました。妹は「んん…」

と喘ぎ声を出しました。

  僕は妹のミニスカートを脱がし、パンティを下ろしました足を大きく開かせ、おまんこを初めて見ました。妹のおまんこです。僕は初めての経験でしたが、吸い寄せられる様に真っ赤に充血するおまんこにキスしました。妹がピクッと動きます。更にクリトリスにキスすると、隣近所に聞こえる様な声で喘ぎ始めました。

  

  僕は我慢出来なくなり、ズボンとパンツを脱ぎ、おまんこにおちんちんをあてがいました。僕は童貞だし妹は処女でしたが、割れ目の上下に適当におちんちんを押し当てていると、スッと入ってしまいました。さすがに妹は痛みで、ベッドの上に逃げる様な動きをしましたが、僕は妹をぐっと抑え、奥まで挿入しました。歯を食いしばって真っ赤な顔をしている妹を見ていると、すごく興奮していまい、そのまま中に出してしまいました。時間は2分もなかったでしょう。

  終わった後、妹は僕に抱きついてじっとしていました。僕は妹の唇にキスすると、妹もそれに応えるかの様に唇を押しつけてきました。僕は妹の唇を舌でこじ開け、舌を絡ませました。唇を離すと、妹はうっとりした瞳で僕を見つめました。妹とはいえ、こんな可愛い女は他にいないと思いました。

  

  その日以来、毎日妹とセックスをしています。最初に避妊しなかったせいか、その後も避妊をしたことは1回もありません。毎日妹のおまんこの中に大量の精液を注いでいます。僕の精液を注がれると愛情を感じるそうで、妹もそれを望んでいます。精液のせいか妹の胸は更に大きくなり、中学3年の今では95のもあります。もし妹が僕の子供を妊娠しても、母乳で立派に育てられると思います。僕はそんな妹が大好きです。たとえ誰に言えなくても、妹を一生愛するつもりです。

 

 

 

不妊症で離婚した妹と2人で生活

妹よ・・・ 投稿者: 禁断人生  投稿日:05月09日(日)04時36分57秒

  それは私が18歳の頃でした。私には4歳年下の妹が居るのですが、小さい頃からとても私に懐いていて可愛いといったらありません。当時、私は妹への愛情がただの兄妹愛ではなく、恋愛感情を抱くようになっていて、その気持ちは限界に達していました。

  ある日、いつものように日記を付けようとページを開くと、そこには見慣れない筆跡が・・・ そうです、妹に見つかってしまったのです。「ああ、どうしよう・・・」そう思いながらもページに目をやるとそこに妹の可愛い文字で、「日記読んじゃった、ご免ね。でも私もお兄ちゃんのこと大好きだよ。」 そう書かれてあったのです。

  「大好きだよ」「大好きだよ」 私は困惑しました、この「大好きだよ」をどう解釈すればいいのかと・・・その頃は、実際に妹を・・・なんてことは絶対にいけないと思っていたので、「明日からどんな顔して妹に会えばいいんだろう・・・」「家を出て一人で暮らそうか・・・」一晩中色々考えました。

 

  ろくに眠れないまま朝を迎えた私は、仕事に行くために家を出ました。途中で友達を待ってる妹に出くわしたのですが「おはよ~!」といつものように明るく元気です。私は「お、おう・・・」そう言って足早にその場を去りました。悩みを抱えたまま仕事を終え、学校(定時制)へ行き、へとへとになって帰宅し風呂に入ろうと一階に下りてゆくと、丁度、風呂から上がってきた妹とすれ違ったのですが「あ、お帰り~。T君からTELLあったよ~。」そう言って二階へ上がっていってしまったので、なんだかほっとしてしまいました。

  それからも、妹は普通に接してくれたので、だんだんとその事は忘れてしまって普通の兄妹としての毎日に戻っていました。そのうち妹にも彼氏が出来19歳になった頃その彼と結婚して幸せそうだったのですが・・・

 

  ある日、仕事から帰ると玄関の前に妹が座っているので「おー、久しぶりやなぁ。」と言うと「う、うん・・・」となんだか元気がなく様子が変なので「どうした? なんかあったのか?」と聞いてみたのですが返事がないのです。心配になったので、とりあえず家の中に連れて入って聞いてみることにしました。

  「どうしたんだよ?」私が言うと「う、うん・・・」 そう言って黙ってしまいます。らちがあかないので少し話題を変えようと「なあ、飯食ったのか? 俺の料理でよかったら食ってけよ。」 そう言って簡単な食事を作り始めた私に「ねぇ・・・お兄ちゃん。彼女とかいないの?」と訊いてくるので「ああ、そんなに欲しいとも思わないしなぁ。」そう言うと「ふぅん、そうなんだ・・・」と元気なく窓から外を眺めています。

  「さあ、出来たぞー。」とチャーハンと野菜炒めをテーブルに置き、「ビールでも飲むか?」と訊くと「そうだね、少しもらおうかな・・・」と彼女。ビールをグラスに注ぎ「さあ、食べよう。」 そう言って促すと「うん・・・有り難う・・・」 そう言って食べてくれたので暫く黙って様子を見ることにしました。

  食事を終えた後「食器洗うね。」と言って台所で食器を洗っている、少し元気になったようなので「なんかあったんだろ?」「聞いてやるから話してくれないか? 心配だから・・・」そう言って彼女を見ると「うん、あのね・・・」と話し始めました。

  話によると結婚後、あることがきっかけで夫婦で病院の検査を受けたそうです。そうしたところ「奥さん、貴女は卵巣に障害が有ります」「お子さんは、諦めなければいけないでしょう」そう宣告されたそうです。このことが原因で夫婦喧嘩が続き夫の方は他の女と同棲状態になっていると言う事、毎日一人で悩んでいたこと、一時は自殺まで考えたこと、等話してくれました。

 

  衝撃でした、今にも泣き出しそうな彼女を見ていると、可哀想で可哀想でたまらなくなって涙がこみ上げてきます。「そうか・・・色々あったんだな・・・」「暫く家に泊まって一緒に考えよう。」 あまりの衝撃にこんな言葉しか出ませんでしたが、「うん、有り難う。やっぱりお兄ちゃん優しいね・・・」そう言って、涙混じりの笑顔を見せてくれました。

  とりあえず事情が判ってほっとしたので、「今日の所は、シャワーでも浴びてゆっくり寝なよ。」 そう言って促すと、「うん、そうだね。じゃあお先に」とバスルームに入っていきました。

 

  彼女がバスルームに消えた後、会社の上司に電話をして2日間の休暇が取れるようお願いをして、ベッドを整えた後ビールを飲みながら「さあ、どうしたものかなぁ・・・」と考えていると、彼女がバスルームから出てきました。「あ、私にもちょうだい」そう言って私の隣に座った彼女は洗い髪を拭きながら「美味しい!」と言って飲み始めました。

  昔から懐いていた想いからか、風呂上がりの紅潮した肌や洗い髪から漂うシャンプーの香りが、非常に女っぽい彼女を眺めつつ、暫くテレビを見たりしながら飲んでいました。そのうち眠たくなったのか私の肩にもたれてうとうとしている彼女はとても可愛くて、「抱きしめたい・・・」そう考えたのですが「もしや、かえって傷つけては・・・」そう思いどうしていいか解らなくなった私は、「なあ、俺も風呂行って来るよ」「俺、ソファでいいからベッドに行って寝なよ」と眠ってる彼女に声をかけ、気持ちを落ち着けてから、ベッドに横になった彼女に布団を掛けて「お休み」と言うと「うん、おやすみ・・・」そう言って目を閉じたのを確認して、明かりを消してベッドルームを出ました。

  ソファに腰を下ろした私は、たった今「お休み」と言って目を閉じた彼女の可愛い寝顔を思い出しながら、残ったビールを飲み、バスルームに向かいました。

 

  熱い湯船に浸かりアルコールを抜いた後、シャワーで頭を洗っていると、不意にドアが開き彼女が入ってきたのです。驚いて何も言えず、シャワーに打たれている私に、服を着たままの彼女は涙を流しながら抱き付いて来ました。「お兄ちゃん・・」 それまで押さえていた私も堪らずに抱きしめてしまいました。「ねぇ、あの日記に書いてたこと覚えてる?」と彼女。もうずぶ濡れです。「あ、ああ。勿論だよ。」 じっと私を見つめています。「あの時、何も言ってくれなかったね・・・」「え、だ、だって・・・」 不意に彼女の唇が迫ってきました。「やっぱり、お兄ちゃんが好き・・・」そう言って唇を重ねました。

  「俺もずっと好きだったよ。こんな可愛い妹の事忘れる事なんて・・・」熱いシャワーに打たれながらキス、キス、キス・・・「お願い、抱いて。」 もう遠慮は有りません。ずぶ濡れになった彼女のシャツのボタンを引きちぎるように外し、現れた胸にキスすると、彼女の鼓動が伝わってきます。高校生の頃から大きかった胸はさらに大きくなっており、私の手からこぼれそうです。

  「可愛いよ、綺麗だ・・・」再びキス。「おっきい胸好きなの?」「ああ、おまえの胸だもん」「よかった・・・。」 可愛い顔に不釣り合いなほど大きな胸、決して痩せているわけでは無いがくびれたウエスト、可愛いヒップ、そして瞳。全てが私のものです。キスをしながら彼女の頭は下がっていきます。「すごいね・・・こんなにおっきくなってる」

  もう先ほどからガチガチで強烈に勃起したペニスに、柔らかな指が絡みついてきます。「私でこんなにしてくれてるんだ・・・」 可愛い唇がその熱く怒張したモノに触れた時、下を見ると少し恥ずかしそうに「気持ちよくしてあげる・・・」 そう言った彼女の唇が私の大きなモノをゆっくりと包み込んでいきます。「はぁぁぁぁぁ・・・」思わず声が出る気持ちよさです。

  柔らかな唇と指に扱かれてもう爆発寸前、「うっ、出そうだ・・・」「いいの、このままで・・・」ぎゅっと握られた私は堪らずに、今までにないほど大量の精液を彼女の口や顔中に放出してしまいました。

 

  「わぁ、すごい! こんなに出たのにまだ元気なのね・・・」今までの想いが爆発しているのです。一度で萎えるわけ有りません。自ら彼女の大きな胸にモノを挟み込み、扱きます。「私も気持ちよくして・・・」 最後に残った下着をゆっくりと下ろすと柔らかそうな膨らみが現れました。

  その、柔らかく暖かい場所にキスすると「あん、うっ」と声が聞こえます。彼女のそこは殆ど茂みが無くピンク色の唇が丸見えでした。暫く舌で弄んだ後、遂に彼女の中に侵入です。「あ、あぁん。すごいよぉ。」 夢にまで見た瞬間でした。最初に比べても更に怒張した私のモノが、彼女の中にズブズブとめり込んでいきます。「す、凄いいいっ。」「私の中がお兄ちゃんでいっぱいにぃぃぃ・・・」 

  激しく後ろから責め立てます。「あっ、あっ、い、いいっ」心地よい声も誘ってか、2度目というのにあっという間に絶頂感を覚えた私は、彼女の中に放出しました。ドクドクとまたもや大量です。

  それでもまだ元気な私は、彼女を抱き上げてベッドルームへ。彼女の方もまだ求めています。ずぶ濡れのままの2人はそのまま朝まで愛し合いました。

  幾度と無く放出し、彼女も絶頂を味わいました。暫く抱き合って眠った後、2人でシャワーを浴びてから近くのコンビニへ。もう昼前だったでしょうか、公園のベンチで肩を抱いて座っていると、「よう、休んでデートか?」「いいねぇ」聞いた声です。振り向くと、営業中の同僚でした。「ああ、俺の可愛い妹なんだよ。」 彼は驚いていましたが、冗談だと思ったかもしれません。でもいいのです、私の決心を表したのですから。

 

  私は会社を辞め、彼女も結婚を清算して2人で引っ越しをしました。2人で暮らしていくのです。両親には申し訳ないと思っていますが、2人とも元気だと言うことしか伝えていません。探して欲しくないと言ってあります。

  今では、彼女の心の傷も癒え、夫婦と偽って生活しています。でもたまに「お兄ちゃん」と彼女が言ってしまって焦ります。まあ、近所や同僚にはバレていないようです。毎日のように愛し合ってますが妊娠はしません。でも、2人の子供が出来たなら、2人で育てていこうと決めています。彼女もそれを望んでるようです。

  今、こうして書いている横で彼女はテレビを見て屈託無く笑っています。嗚呼、なんて可愛いんだ。好きだよ、由佳子・・・

 

日本の絶景

岐阜城岐阜市)   

  岐阜城は、美濃国井之口の稲葉山(現・岐阜市金華山)にあった城。もとは稲葉山城と言い、織田信長が1567年の稲葉山城の戦いにより斎藤龍興から奪取し、造営したものが岐阜城である。

  徳川家康によってに当城は廃城とされた。現在山頂にある建造物は、昭和31年に(当時なりに想像し、往年の天守を模したつもりで)鉄筋コンクリートで建てた模擬天守である。