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今でも妻は義父とセックスしている(近親相姦掲示板 ☆告白・相談・願望・妄想☆ 1998年3月分ログ)

近親相姦掲示 ☆告白・相談・願望・妄想☆ 19983月分ログ

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今でも妻は義父とセックスしている

妻と義父 投稿者:夫として  投稿日:03月13日(金)02時03分49秒

  今から丁度2年半前になりますが、付き合って3年になる彼女がいました。名前は清美といい、細身でスタイルは結構良く、はっきりいって可愛いです。私と彼女は当時24歳でした。私達は友に愛し合っていました。肉体関係も有り、結婚の約束までしていました。

  ある日私は彼女の家に行き、たわいもない話をしていました。彼女は父と一緒に住んでおり、弟がいましたが家を出て一人暮らしをしていました。母親は5年前に交通事故により他界しており、父、娘の2人で住んでいました。

  私が家に行った時も父親が一人で酒を飲んでいました。私は気をつかってお酒を一緒に飲んでいました。私は何度か父親とは酒を酌み交わしていたので、お義父さんと呼んでいました。私とお義父さんは、その日はかなり酒が進んで酔っ払ってきていました。私達は清美の作った酒のあてを全部たいらげており、清美は料理を作るのに大いそがしでした。

  しばらくすると清美も酒を飲み初め、私達の話に花を咲かせてくれていました。ある程度話が進み清美も酔っ払ってきた時、清美は暑くなってきたようで、服を脱ぎ初めました。タンクトップで隠れたそのふくよかな胸を、私達に見せびらかす様に。そして私は清美がブラを着けていないことに気が付きました。気心しれた仲なので別に不思議には思いませんでした。

 

  私は酒の度が過ぎたのか段々と眠くなってしまい、しまいにはその場で眠ってしまいました。どれぐらい時間が経ったのか分かりませんが、寝ぼけていた私の耳に何やら声が聞こえて来ました。「ダメ!ダメよ、彼が起きてくるわよ」「大丈夫だよ、声を出さなければ起きてこないよ」と言った話を聞きました。私は夢の続きか?と一瞬思いましたが次の声で我に返りました。「あ!は! ダ、ダメよ~」 間違いなく清美の声です。私は声の状況からなにをしているのか、すぐに分かりました。

  私は目を開ける事も出来ず今から行われるであろう行為を想像していました。「あ!、う!」と清美のかすかな喘ぎ声を聞きながら。私の分身は今までになく大きくなっていました。私は勇気を出しゆっくりと目を開けました。丁度、お義父さんが清美の又の間に顔をうずめ、性器を口で愛撫している姿がありました。清美は下半身だけ裸になって実の父親に愛撫され、体をのけ反らして「はああ、あう」と反応していました。私は無意識に大きくなった分身を、ズボンの上から触っていました。お義父さんは顔を上げ体を起こし、清美の口の前にそのいきり立ったものを持っていくと、清美は自らそのものを口に含みました。

 

  「ピチャ、ジュル」と肉棒をすする音が聞こえてきました。私は近親相姦が目の前で繰り広げられていることに、今までになく興奮していたのを覚えています。しばらく清美はお義父さんの肉棒をもて遊んでから、今度は清美が「パパ、入れて」と囁きました。お義父さんは清美の足をM字型に開き、大きくなった分身を清美の性器にあてがいました。しばらく性器の入り口でじらせていましたが、清美が「いや。。早く入れて」とせかすと、その分身は清美の性器の中にゆっくりと隠れていきました。

  「あうう!」と清美が声をあげるとお義父さんが「し~、聞こえるぞ」と口を塞ぎました。「ご免、つい」と清美は私をちらっと見ました。私はさっと目をつむり寝た振りをしました。

  しばらく目をつむってからまたそっと開けました。お義父さんが清美の足を腕で抱えて肉棒を出し入れしている最中でした。清美は時折「はあ、アン!、」などの喘ぎ声をあげていました。私は清美の赤く火照った顔を見てなんともいえない興奮を覚え、自分の分身を手で愛撫していました。私の目線は結合している性器よりも、清美の感じている時の顔をずっと見ていました。

  2人の行為は私の正反対のテーブル越しで行われていたせいで、お義父さんからは私の様子が分からないようです。しかし清美は寝ていたので私からも清美からも分かります。すると清美が不意に私の方を目を開けて見ました。私は目をつむるタイミングを逃してしまったため、清美と目を合わせる事になってしまいました。

 

  私達はしばらくの間見つめ合っていましたが、清美がそっと手をテーブルの下に差し伸べてきました。私は一瞬ためらいましたが、清美の気持ちを悟って手を差し伸べて清美の手を握りました。私は自分の彼女が他の男、しかも父親に抱かれているにもかかわらず、手をにぎることによってなんとも言えない安堵感をおぼえました。私達は行為の最中ずっと手をにぎっていましたが、清美の手が段々と強くにぎり返してくると、「ああ、イ、イク!」と言って清美は絶頂を迎えました。

  お義父さんも激しく突き始めると「う! イク!」と言って清美の透き通るような胸に白い精液を巻散らしてしまいました。私達は手を離し私は再び目を塞ぎました。

 

  しばらくすると清美が「起きてもいいよ」と私を起こしました。私は目を開け起き上がりました。私達はしばらく黙っていましたが清美が「軽蔑した?、するよね? お父さんとセックスしてるんだもんね、黙っててご免ね」と切り出しました。私は「いつからなんだ?」と聞くと「4年前から、お母さんが事故で死んだ1年後ぐらいかな?」と答えました。

  私は不思議と怒りはありませんでした。それどころか清美が可哀相になってきて「おまえが母親役になってたんだな?」と聞き返すと、「初めはそのつもりだったけど、今は違う、お父さんも今は”娘”として私を抱いていると思う」と言葉を濁しました。私はなんて言ったらいいのか分からず黙っていましたが清美が「こんな女イヤだよね?」と言った時に私は「俺のこと今でも好きか?」と問いました。清美はすぐに「その気持ちは変わらない! 愛しているわ!」と答えました。私は正直、ホ!っとしました。そして笑顔で「じゃあ、もうなにも言わないでいい」と答えました。

  清美は「こんな女でもいいの?」と私に半泣きの顔になりながら問いかけてきました。私は「俺もおまえの事愛しているから、信じてやるよ」と笑いながら答えました。私はベッドに清美を連れて行き抱きました。そしてその日は初めて清美の中で果ててしまうことになりました。

 

  それから半年後、私と清美は結婚して、その半年後女の子(美雪)が生まれました。もちろん私と清美の間に生まれてきた子供です。これから美雪もどんどん大きくなっていくでしょう。しかし私は美雪とは絶対にしません。理由はありませんが断言します。

  お義父と清美はその後も関係は続いています。しかし私は嫉妬はしません。なぜなら清美は私のことを愛しているからで、もちろん私も愛しています。ここに書き込むのははっきりいって勇気がいりました。でもみなさんに知ってもらいたかったのと、そして”気ずいてほしい”と思ったからこそ書き込みをする決意をしました。

  ”清美”は今日も義父のもとへ行っています。帰ってくるのは4時ぐらいだと思います。その後私は”妻”を抱きます。

 

 

 

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奥に入れたがる兄嫁

兄嫁との経験 投稿者:kan  投稿日:04月11日(土)17時10分24秒

  あれは私が大学1年の夏、今から27.8年前のことです。私は地方から大阪に来て、大学の寮生活が始まったばかりのことでした。大阪には兄がいて結婚しており、土曜日から日曜にかけて時々泊りに行っていました。

  兄は休みになるとよく海釣りにいき、子供がいなかったので兄嫁(あのころ30歳くらい)と2人きりになってしまいます。兄嫁は背は小さいものの均整の取れた体で、胸も有り肌もきれいでなかなかセクシーでした。何度か泊まっているうち、こちらは若いせいも有り時々一人の女として感じてしまいます。

  でも実行に移すまでには至らず、おとなしく食事をご馳走になって帰っていました。最初は弟を気にかけて夜は出かけなかった兄も、何度か行くうちに自分の楽しみのため、泊りがけで釣りに行くようになってしまいました。

  兄嫁と私は10歳は離れていましたが、いろいろな話をしていてSEXの話になり、きわどい話もするようになっていました。今思えば、義姉は最初からその気が有ったんだと思います。何かの拍子に部屋の中でちょっと追いかけごっこになり、私が義姉を捕まえた途端、抱き着かれてキスをされてしまいました。

  こちらも応えて吸い返すと、すぐに離れて玄関の鍵を掛けに行き、帰ってくるとすぐにスカートのボタンを外し出しました。SEXの経験はすでに有ったものの、義姉が相手ということも有り、どきどきして見ていました。スカートは前が全部ボタンになっていて、それをはずすと下着も脱ぎ、上はそのままで抱きついてきました。

  兄嫁の下腹部にはヘアーが見えていて、兄嫁がさわりにきたズボンの中は勃起し、下着を突き上げています。すぐに義姉に触るともうそこはぬるぬるして、すぐにも入れて欲しくて待っているかのような状態です。こちらも急いでズボンを脱ぎ、2人とも下半身だけ裸です。上を脱ぐだけの余裕もなく、畳の上に倒れこみました。

  兄の住居はアパートで、日曜の昼間でも有り、時々兄嫁の友人が訪ねてくる事も有り、隣は壁一つで他人の部屋という状況のため、声を出すこともなく一気に挿入すると、兄嫁はすぐに腰を使い感じ出しまします。

  中は子供を産んでないせいか、なかなかいい感じで、締まりもよく、足をこちらの腰に巻き付けてきます。こちらも一気に全開でピストンを繰り返し、5分ほどで中に出してしまいました。兄嫁は兄との生活で子供が無く、その理由も自分に有ることを医者で聞かされていたため、中出しに抵抗はなかったようです。

  かえって、万一にでも子供が出来ることを、期待していたのかも知れません。

 

  終わった後も、「感じたわ。すごくよかった。太いし長いし上手やねー。」「智也ちゃん(兄の名前)よりいいの、まだ出来る?」と触ってきます。こちらは兄嫁としてしまったことで少し後悔も有り、それどころではないのに。

  やはりいったん関係してしまえば、SEX自体は慣れているせいか落ち着いています。立ち上がるとティッシュを当ててみて、「やっぱり若いねー、流れ出さんしすごく濃いみたい。このまま中に入れておくわ」と言います。妊娠の期待もあるのかなーと思ってしまいました。

  兄の血液型も、兄嫁のも知らないので、それの問題が有るのかは判りません。盛んに「インチが大きいから奥のほうが痛いわ、でもすごくそれがいいよ」と言います。インチを長さのことと思っているようです。確かに突き上げた時に奥に当たる感触は有ったのですが、こんな風に嬉しそうに言われるとやっぱり気分いいものです。

 

  その日はすぐに電車に飛び乗り寮に逃げ帰ってしまいました。でもその次の週末にはまた泊りに行ってしまいました。兄は釣りでいないのですぐに始めてしまいます。まだこちらにテクニックも無く挿入するだけ。それでも兄嫁はすごく感じて濡れるは、締めるは、舐めるは、もう夢中です。こちらは元気いっぱいで、罪悪感も薄れて何度も中出しの連続

  それ以後3ヶ月くらい毎週泊りに行きやり狂ってしまいました。兄が釣りに行って帰って来なかった時には、泊りに来なかったと言っていたようですが、やっぱり何かおかしいと感づいた様子で、兄嫁は直接言われたようです。

  それ以降はこちらも警戒して、あまり泊りには行かなくなりました。日曜の昼間行って、1回出してすぐ帰ると言い出すと、「私を何と思っているの。もっとしてちゃんと満足させて」と言います。何度もイッておなかが痛くなるぐらいやりたいようでした。「おなかが痛いと、思い出すのよ」と言って奥に入れてもらいたがるのです。

  でもそれから1年ぐらい時々してのに、こちらの方が忙しくなり(女性関係が)、それ以降会っても普通の状態に戻ってしまいました。今現在は相手が年取って自分に自信を無くしたせいか、誘っても乗ってこなくなってしまいました。

 

日本の絶景

野尻湖(長野県信濃町

  ナウマンゾウ化石が出土する湖としても知られている。昭和23(1948)年に、地元住民が偶然ゾウの化石(注:化石が明治時代初期に横須賀で発見され、ドイツのお雇い外国人ナウマン東大教授によって報告された)の臼歯を発見したことにより、昭和37(1962)年から湖底や、湖畔での発掘調査が始まった。

  発掘調査は3年に一回3月に行われる。発電所の取水による湖水面の低下のため、湖岸が沖合に後退する時期に合わせて、世界的にも珍しい「大衆発掘」という形態で行われている。

  昭和37(1962)年の70名が参加した第1次発掘では、ナウマンゾウとヤベオオツノジカの化石発掘により、3 - 5万年前の最後の氷河時代のものであることが確認された。

  昭和48(1973)年の第5次発掘では、参加者が千人を超えた。ナウマンゾウの切歯とオオツノジカの掌状角をはじめ、ナイフ形石器などが発見され、ナウマンゾウ旧石器時代の人類が共存していたことが証明された。

  平成20(2008)年の第17次の発掘までに約22,800人が参加し、約67,000点の化石遺物が発見されており、出土品のほとんどは湖畔の野尻湖ナウマンゾウ博物館に収蔵され、一部が展示されている。